灯台かもめ -livingston-

くだらないヒラメキをいつまでも大事にしてきたいもんだ

薬も毒も使い手次第

心を凍らせちゃって何も感じなくしちゃうのはある意味楽だ

 

みんなが好きっていうものが別に好きじゃない自分を偽らないから、ただまっすぐ生きてるだけなのに、仲間外れにされたり陰口を言われたりする理不尽さが辛かった小中学校の時はよくそうしてた。

そんなものにいちいち怒ったり泣いたりすること自体が馬鹿馬鹿しかったし、理不尽な周りへの反抗でもあったかも。

 

心を凍らせちゃってるときは、身体中の血が冷たくなったような錯覚があって、心の動きも随分鈍い。唯一素直に自分の感情を話せるばあちゃんが死んでからの7年間は、「悲しい」って感情自体がわからなくなった。

 

「悲しい」がわからないなんて大袈裟に聞こえるかもしれないけど、別にいたって普通に学生生活を送れてたのは、それが特別なことじゃなくて、みんな何かしら心の中に飼ってるからなんじゃないかな。

 

それが戻ったのは高2のとき。別のクラスで、中学から友達の子と一緒に帰ってる時、なんとなくその日にあったできごとを話してた。

学校は学祭準備まっただ中で、うちのクラスはちょうどその日、前夜祭でやる「クラス展示紹介」の出し物でマツケンサンバを全員で踊ることが決まったとこだった。

でも放課後の練習に声をかけられたのは、クラスの中心メンバーと、その仲のいい子たちだけ(結局本番は全員で踊った)。その事実を知ったとき、「ま、やっぱそうだよな」って感想と一緒に、心と体がスーッと冷たくなった。

 

中学からの友達の子は、その日クラスの子とやりとりがうまくいかなかったとかで、プリプリしたりメソメソしたりしてた。うちはその子に同調して励ますつもりで、自分のクラスのマツケンサンバの話をした。うちのクラスでもこんなことあってさ、って。

「放課後の練習に声かけてもらえなくて、やっぱりかぁって思ったけど」、そのあとが自分でびっくりした。「悲しかったよ」。

そうか、うちは悲しかったのか!言ってからあんまりびっくりしたから、友達に「今〇〇ちゃんに話してて気付いたわ、ありがとう」って言ったら、その子はなんて返したんだっけ。笑ってた気がするけど、覚えてないや。

 

それからは、心をなるべく凍らせないようにした。なんかよくわかんないけど、この「悲しい」にちゃんと向き合わなきゃいけないような気がした。高2の後半から友達に恵まれたこともあって、毎日が楽しかった。

 

その前の1年と比べ物にならないぐらいたくさん笑った。その分、モヤモヤしたり、悩んだり、ヤキモキしたりすることも同じぐらいあった。「悲しい」もたくさんあった。

人は黙ってても進んでくし変わってく。でも、エスカレーターですーっと上に行くんじゃなくて、自分で上への通路を見つけてよじ登ってく。そんな感覚の1年だった。

今まで感じたことない「生きてる」って感覚だった。

 

心を凍らせるのは、心を守るための手段だから、悪いわけじゃないけど、いつまでもその状態にいちゃダメなんだ。

 

悲しんだり恥ずかしがったり情けなかったり汚かったりする自分の心とちゃんと向き合えるのが「素直」ってことなんだと思うようになってきた。自分の嫌な感情に向き合って、もがきながら道を掻き分けてく作業は辛いししんどい。先が見えないし怖い。でも死んでるように生きたくないなら、自分の手足で進みたいならやるしかない。

 

黙ってても進んでることに変わりないんだけど、心がずっと凍ったままだと内面の変化がなさ過ぎて腐る。自分の心に素直に向き合えなくて、自分が傷付きたくなくて、ほんとは人から愛されたいのに心を無理やり凍らせたまま腐った人を1人知ってる。

 

そうやってガムシャラに進んで生きてきたら、今度は感じなくなることが難しくなった。あれもこれも現状じゃ物足りなくて、もっと良くしたくて、もっと元気になってほしくて。問題提起と現状への不満と改善案と理想像がぐるぐる回る。

頭がパンクする前に体がパンクした。

 

どえしたらよかったのか、答えは先に友達が教えてくれた。直接教えてくれたわけじゃないけど、そいつの生き方が教えてくれた。

「あいつら何か変なことやってるけど、俺らは俺らで楽しもうぜ」。

もう1つは、昔の自分を思い出してたら、すでに解決策を知ってたじゃん。

 

心を凍らせちゃって何も感じなくしちゃうのはある意味楽だ。

 

薬も毒も使い手次第。

以下ループ、にならないように。